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2012.11.21

赤ネコの映画感想文 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』 ネタバレ有り 

エヴァQの感想です。
中盤以降ネタバレあります。
勢いで書いたので、加筆修正していくと思います。





東浩紀が言うところの、「ゲーム的リアリズム」で書かれたようにみえる新劇場版エヴァンゲリオン破は、そのメタ性と現代性(と両者故の批評性)かつそれらを、わざわざ傑作と言われているオリジナルを「リメイク」してまでやってしまった実験性から、非常に重要な作品だと思っていた。

オリジナルの物語を「書き換えていく」と云う見方をこちらに強いてくるかのようなメタ性はかなり巧妙に組み込まれていて、トウジの死亡フラグがへし折られ、アスカの死亡フラグがボンと立てられる、この「フラグ」を操っている感からも、作意的であったとしてしまっていいと思う。破にあった魅力の大半は、その神話が壊され、再生するカタルシスといってしまって過言ではないと思う。

それから、『ひぐらしのなく頃に』にあったようなループを匂わせるような現代性。
これも現代的な装置をただ使うだけでなく、「シンジが思い描いた未来を掴み取ることが出来る」みたいな旧エヴァの26話の要素を継承していて、かつシンジの、必死に未来や希望を掴みとっていくキャラクター像が90年台の鬱屈とした感じを振り払い、非常に2000年的な新しいキャラクターになっていたような印象があって好印象だった。

こんなような事がちゃんと「物語」としてまとめ上げられ、また新たな神話が立ち上がっていくかのような気持ちにさえなった。(今思うと「物語」としてまとめられていることが重要で、たとえば「ハルヒ」や「けいおん」のように2000年台は非物語≒日常系のアニメが大量に作られた期間で、故に俺はアニメをこの10年ほぼみてこなかったわけだが、2010年以降せきを切ったかのように量産される物語系アニメ(「まどか☆マギカ」や「シュタインズ・ゲート」なんか)を準備していたのではないかと考えると、直感的先見性が見えたりもする)

さて、

これらを踏まえて、

新劇場版エヴァンゲリオンQ

なんだが、

エヴァQ

ネタバレしていきますが、

さて、

そろそろ書き始めますが、

エヴァQ、

まず、上記2つの、メタ構造とループエンドの2つのキーであったように前2作では見えていた、
唯一、旧から続くこの物語を我々と同じようにメタの視点で観ていたように見えた渚カヲル君が、
そのメタ性を剥奪されたかのように振る舞い、そしてなんにも出来ずに死んでいくって所がまずあれれれれ。だった。

結論その1から先に書いてしまうと、破からの3年で物語に対して大幅な軌道修正があったのではないだろうか。

シンジとカヲルの友情とその顛末を知っている我々は、だからこそ前2作の二人の変化(シンジは勝ち取る男に、カヲルは作品をメタで眺めうる超越者になった事)から何がしかの強烈な、そして新しい物語が紡がれる事を妄想していたわけだが、それが見事に肩すかしされる。

前述したように、カヲルくんはメタ性を剥奪されたかのように見えるし、シンジは90年台に逆戻りしたかのように鬱屈としている。この二人が中心となって進む中盤は驚くほど物語が停滞して見える。これが大きな違和感だった。物語そのものが力をなくしてしまったかのように感じてしまった。

これは一個人の感想であって、下衆の勘ぐりなのだけれども。

しかし、エヴァっ子である俺は最終作と言われている次回作にこそ期待したい。

例えば、メタ性を剥奪したかのように見えるカヲル君は、その他複数のメタ的視点のプレイヤーに敗れたと考えるとどうだろう。劇中で将棋を指すシーンが割と唐突に打ち込まれるんだけど、カヲル君はゲンドウの事をリリンの王と呼ぶのである。これはつまり、ゲンドウも盤をメタ的に見ているプレイヤーと捉えている・・・ってとこまで書いて、いや、「王」は盤の上に乗っかっているのか・・。

気を取り直し、マリなんかもメタ的に見えてるフシもあるし、メタ的に見えているプレイヤー同士のコマの動かしあいに、コマである子どもたちがベタの強さで抵抗するなんて展開になるんじゃないかなんて思っている。シンジくんも無気力になってしまったかのように見える今回でさえ、間違ってしまうものの、また自力で勝ち取ろうとアクションを起こすのだから。

Qを観ることで大人の物語だった旧エヴァが、新エヴァでは子どもたちの物語になったって印象がで強くなった。
特に今回、廃墟でシンジやカヲルがピアノを引くシーンや、真っ赤な大地を歩く3人を描くラストカットなんかから、世界の終りを生き抜き冒険する少年少女の物語ってイメージが湧いた。

もしそのような形で子どもたちがこの物語に決着をつけてくれるならば、次回作、決して悪くはないと思う。


ってか、正直早く見たいよ。
物理的な製作時間の超過によって、これ以上なにかが変わらないで欲しい(が、しかし反面、もう変わってしまっても面白いかもしれんとも思ってる)
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Posted at 04:06 | 映画感想 | COM(0) | TB(0) |
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