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2013.11.23

『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語』の感想

Twitterでざっとつぶやこうかと思ったんだけど、ネタばれ絶対やなひともいるだろうし、ってか俺だったらぜったいやなので、ブログを久々にひらく。4ヶ月ぶりくらいか。おいおい。





さて、完全にネタバレしていきます。

ビューティフル・ドリーマーを旧劇エヴァ的に引っくり返して、新劇エヴァ的にひっつけたってゆー00年台のアニメ(クリエイター)が抱えていた呪縛を刻印したかのような映画だったよ。

しかしコレが奇跡的に、まとまって・・・ない。困ったことに。
アニメーションは面白く、上記のように怒涛の展開だから満腹感はあるものの、満足感がやや低い。困った困った。

なんでまんぞくかんが低いかってゆーと、本来ならばマドカに会えるってゆー劇的瞬間が、「ビューティフル・ドリーマー」パートで出会ってしまっているため、それなりに美しく演出されて入るものの、ちょっと弱い。それによってメタマドカをベタに引き釣り下ろすって裏切りが効いてこない。

いや、ちょっと違うか。「美しい夢」の中でまどかと過ごすか、それとも「歪んだ新世界」でまどかと過ごすかと云う決断で、ほむらは後者を選択する訳だが、その決断のスリルを感じない。

まだ違うなー。ようは、裏切りが「読めた」ってことかもしれない。「読めた」として、だからダメって訳ではなく、かつその物語的に重要な一点にドラマが発生していないのが問題なのだと思う。引きずり下ろす程のほむらの執念が見えてこなかった(少なくとも劇場版からは)。「裏切り」としてプロットを組むのではなく、「執念」を見せるドラマを作らなきゃダメだったんじゃないかなーと思った。

プロット的な満足感はあるが、ドラマ的な満足感が低いってことか。


ここまで書いて、フト、旧劇場版エヴァは切なくって儚くって美しかったなぁ、とおもった。突然のおもったので、このまま突然旧劇エヴァとの違いを思いつきで分析していくと、大人(=他者)が出てこない事が割りと重要なのではないかなぁとおもった。劇場版マドカの後半はまるで神話のように描かれていて、キャラクターは自立しているものの、どうも血が通っているように見えず、切実に見えない。ほむらの価値観を相対的に際立たせてくれる他人がひつようだったんじゃないだろうか。TV版のまどかの選択は、ワルプルギスの夜によって破滅に追いやられてしまうかもしれない家族や学校の生徒などの他人がいたからこちらの胸を打ったんじゃないんだろうか。

その辺りを考えると、構造的に入り組んで、かつ情報量の多い、とっても10年台っぽいこの作品は、アニメーションは素晴らしく魔法少女たちは欲望をかなり喚起するものの、ある種の批評を呼びこむ程度の強度はあるが、物語として少々弱いと思った。


追記。しかし、こいつは、ことによると、もしも続編があるのなら、摩陀羅天使編のような物語ができるのではないか??考えるとワクワクするな。


さらにさらに追記。

本当に楽しい前半部分のほむらが作った「美しい夢」は、だからニアイコールでわれわれの夢=われわれの欲望のようにしかみえない。

そして「外部」が無理やり見せていた、そのわれわれの美しい夢を旧劇エヴァで庵野がやったようにぶっこわす。しかしそれでも燻ぶるまだ終わらないで欲しいと云う浅ましい欲望は、ほむらに転移され、物語は継続される。

魔法少女の活躍みたい!続編待望!そんな欲望をまんまほむらに背負わせている。

だからほむらと云う視聴者の欲望を搭載した視点キャラが、われわれの欲望を成就させる為に物語をえんえんえんめいさせているようにみえなくもなかったりみえたり。そんな気がした。



いつになくとっちらかったな!
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Posted at 05:51 | 映画感想 | COM(1) | TB(0) |
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