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2012.09.07

映画感想:「贖罪」編

『贖罪』/黒沢清監督作品



おすすめ度:観ろ!!


常々、「私は職人である」と明言していた黒沢清が、本当に彼の考える「職人仕事」をしてのけた傑作。

正直、第1話を観た時、あまりにもフラットに撮られているものだから肩透かしを食らってしまった。
しかし第2話を見始めてすぐ、これはどうもおかしいぞ、さっきとは違うぞとなった。
端的に言うと、「不穏さ」が見てはっきり解るほど密度を増すのだ。

まるで『接吻』から抜けだしてきたかのような小池栄子は、それだけで不穏な空気感を漂わせている。そんな彼女が女教師であると云う事も、なにか気味が悪い。同僚の水橋研二も心なしか陰惨な匂いを感じるし、これは悪いことが起こるに違いないと思っていると、小学校に通り魔が乱入する。

そして、小池栄子が通り魔と対峙し、その責任を考え、自分の宿命に巡りあう辺りから
第一話でもチラチラと存在感を漂わせていた、(物理的な、意味そのままの)影がはっきりと画面を覆い隠していく。その影は、まるで死者が=幽霊がそこにベッタリと佇んでいるような錯覚を起こす。
「カラス」「突風」「鼻血」と比較的ベタなアイテムが乱暴かつ効果的に使われる事で、死の影と悪い運命を予感させる陰鬱さが画面に姿を表し、第2話の幕を閉じる。

これをもって、あぁ第1話は罠であり策略であったのかと思い至る。
第一話さえ観させてしまえば、それなりの数の人間が最後まで付き合うだろうと云うしたたかな策略であったのだと。

第3話第4話と進む度に、黒沢清的な意匠がそこかしこに現れ始め(廃墟であるとか、ゴミ袋であるとか)、不穏さや死者の影は濃度を増していく。

そして極めつけは第5話である。
第1話のフラットさなど見る影もない、が故に濃密で素晴らしい。

殊、素晴らしいのは事件が起こる発端が明らかになるシーン。
あそこまで明瞭に「幽霊」が、あるいは「死者による導き」が描かれた事は未だかつてないのではないか。
犯人の男は、明らかに「幽霊」に「出会う」事によって人生を(運命を)狂わせていく。
ここに来て、まさか黒沢清的主題が、こんな形で提示されるとは!とびっくりしていると、あれよあれよと全貌が明らかになっていく。

つまりこの映画は、別の死者に導かれた二人が邂逅し、死者が導く先=地獄へと歩んでゆく話であったのだ。
お互いを導く死者は、運命と呼び変えてもいいかもしれないし、出会う二人は男と女であるからして、この映画はサスペンスやミステリなどではなく、メロドラマである/であった、と云うことが最後の最後で明らかになる。

そこから先は、なんと云うかもう、熱い溜息しか出ない。
メロドラマが好きだって云う嗜好を除いても、ここ数年の日本映画でかなり突出したクオリティなのではないだろうか。
「トウキョウソナタ」以来の新作は、円熟としか言い様が無いです。

原作は読んでいないのですが、原作レイプが叫ばれる昨今、
このクオリティ出せれば、さすがにファンも文句いわないんじゃないか、
ってか原作モノやるなら、ここまで考えなきゃだめだよね、と思ったよ。

それから、香川照之をああもしっかり「使いこなせる」のは黒沢清くらいしかいないんじゃなかろうかとも思った。

池脇千鶴もよかったなー。あと、加瀬亮。役者は総じて良かったです。

とにかく、大満足。原作も注目度高いだろうし、沢山の人が見ればもっと世の中良くなるよ。

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