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2014.07.05

武闘派サブカル男子あじさい澤の文化系地獄めぐり◆渇き。を観たからタイムリーに書く~2014年7月4日

7月4日
中島哲也監督『渇き。』を観る。
とてもおもしろかったので、日記をすっ飛ばして感想を書こうと決めました。





手持ちでブレるカメラ、被写体へのクローズアップ、感情や暴力の過剰な表現。
中島哲也監督は毎作毎作卓越した嗅覚でもって、「いま」の日本映画的・映画表現にアップデートしてくる印象があるが、今作はまるで韓国映画のようのスタイルで撮られた映画だった。
登場人物の「人間性」のようなものを排除し、キャラクターとして、まるで漫画のように描き切った『告白』の後はこう云う語り口できたか、とワクワクした。「人間」を描くつもりがさらさらなく、随所に挟まれるコミック調のカットインなどを考えると正常進化とも言えそう。細かいカットを積み重ねていくリズムのテンポ感も気持ちがいい。
これは主人公の制御しきれない情感と荒唐無稽な物語をかたるのに適したスタイルだったと思った。
たとえば、園子温の暴力シーンは、時にギャグに見えてしまう。しかしこの『渇き。』は、過激な暴力の荒唐無稽さを、ちゃんと暴力のまま表現できているように感じた。とても痛いし、かなりエグい。

また、「告白」で鮮明に描かれていた、からっぽな人間のからっぽなリアリティに関して、
「渇き。」においては特に娘に背負わされているが、像がぶつ切りになっているせいで、ちょっと焦点を結ぶのが難しかった。少し残念だなーとおもったが、今回の物語に関しては、娘の掴み難さも物語を牽引する大きな要因であるわけで、これに関してもさすがの力量だなーと改めて監督の才を実感。

スピード感とてんこ盛り感。「なぜ日本でやらないんだ!」と映画ファンなら誰もが思っていたであろう韓国映画スタイルと云う、今の日本映画が成し遂げるべき表現がめちゃくちゃに高い水準で達成されていて、とてもとても満足でした。



(ここから1ブロックちょっとだけネタバレ)




しかしこの物語をもしも黒沢清が撮ったら、と夢想してしまう。ある種の静謐さをもって撮られていたならば、娘の幽霊に導かれ、ずぶずぶと泥沼にはまり込むように地獄に沈んでいく男の彼岸の感情や、この残酷な世界の理不尽さがもっと克明になったのではないか。

今回の中島哲也のスタイルは間違いではないが、暴力シーンとテンポのいい活劇シーンに焦点が絞られた為、その可能性が閉ざさらてしまったのが個人的に惜しいと思った。


渇き


さて、

そんな個人的な意見はさて置き、R15で大丈夫か?と思うようなハードコアな暴力描写、鬼畜なキャラクター、どこまでも無限に落下していくフリーフォールのような、ハイスピードかつ底なしの物語は、ちゃんとお金を払って映画館で観る価値のある映画だと思いました。暴力や陰惨さに強い耐性があるならばとてもおすすめの映画です。
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