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2011.11.28

映画語り奮闘記 『サウダーヂ』編

『サウダーヂ』



おすすめ度:ダメ

この文章を書き始める前に、一切売れてない芸人風情が映画を語ると云う難題にどう取り組むかを考えました。
結論としてその語り自体の存在意義をどこに持っていくかと云う事がキーで、せめてこの文章を読んだ人がその映画を見たくなるって所に持っていければ勝ちなのではないかって所から始めようと決めたんですが、その指標となる「おすすめ度」しょっぱなから「ダメ」になってしまいまいた。。

いや、けっしてつまらない映画ではありません。
地方都市のシャッター街に住む低所得者層にスポットを当てた映画で、とても現代的なテーマを孕んだむしろ多くの人に今見られる必要性のある映画だとも思いました。

ではなぜ「ダメ」だったか、と云う所を語っていきたいと思います。

ちょー簡単にまとめちゃうと、この映画には、『土方、移民、HIPHOP 『この街で一体何が起きている?!』』と云うとても面白そうなキャッチコピーがついているんですが、その面白そうなお膳立てだけで終わってしまっているのがダメだと思うのです。

非常に面白そうなお膳立てがあるのにも関わらず、そこからドラマが発生しない。

もう一度念を押しておくと、決してつまらないわけではないのです。
例えば、夜のシャッター街を歩くラッパーの言うグチが、しだいにその街の現状を嘆くラップに変わっていくと云うシーン、とても素晴らしかったです。
しかし、このシーンがこの映画の中で屈指のいいシーンであると云う事が、この映画の「ダメ」な部分を象徴しています。

どう云うことか、と言うと、
この映画には、「会話」がないのです。
人と人が向い合って、何がしかのお話をしているシーンは多々あります。
しかし「会話」のレベルまで至っていません。
一方の言うことに対して、「あぁ」とか「へぇ」とか相槌を打つだけで終わってしまう。
「移民」「土方」「HIPHOP」と云うある種強固な世界観を持った「種族」が登場するにも関わらず、「会話」をさせないので「ドラマ」が生じてこない。
もっと面白くなりそうなのに・・・と云う残念な気持ちです。

ひとり語りの積み重ねにしかなっていないのが惜しいと思いました。
や、上にも書いたラップのシーンのようなとても魅力的なひとり語りのシーンも勿論あるのです、
それに、この映画おそらくプロではない、あのシャッター街にすんでいるのであろう「役者」の人が何人か出ていてその人々にも色々語らせるのですが、なかなか面白く見れると云う事は否定しません。

しかしそんなドキュメンタリー的要素をはらんでいると云う面白さに頼り切ってしまっていると云う印象があります。

劇映画なのですから、その多種多様な「種族」(ポルトガル語であったり、ギャル語であったり、タイ語であったり、HIPHOPであったりで話している「言葉」も違う「種族」)にもっと会話をさせて欲しかった。

逆に、「種族」間のディスコミュニケーションがテーマなのかもしれませんが・・・。
にしても、コミュニケートの果てのディスコミュニケーションとして見たかったと云うのが個人的な感想。

この映画を見て、同じHIPHOPが軸にある映画の『サイタマノラッパー』は逆にコミュニケートする為に歌う映画なのだなーと強く思いました。ラップ自体はどっちもかっこいいのですが、僕は『サイタマノラッパー』の方が泣けます。

もったいないなーと思ったのが、「ダメ」とした理由でした。

あとは、相方から聞いた、実家の岐阜県某市のブラジル人絡みのヤバイ話の方が『LAコンフィデンシャル』みたいで面白いってのもあるかな。

東京での公開は終わったっぱいですがきっとまたどっかでやると思うので、是非見てください。

いや~初回からハードル高かった。面白まで昇華できん。



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